​在宅看取りの記録

Ⅰ 老衰

○○貞子さん(女性)、享年75歳 「何かしてあげたい」

 ○○貞子さんは、暑さも盛り、お盆を過ぎたばかりの8月下旬に、入院から御自宅へ戻られました。肝硬変末期、腹水貯留、病院としてはもう打つ手がない状態、ということで、ターミナルケアとしての紹介でした。打つ手がないのであれば少しでも早く家へ連れて行きたい、という家族、特に娘さんの希望で、8月20日に紹介状を受け取り、大急ぎで8月22日に入院先の病院に伺い、すぐその翌日に退院、8月24日に初回訪問診療に伺いました。
 貞子さんは、もともとは「体のあちこちが痛い」ということで、6月に整形外科に入院し、病名としては「右化膿性股関節炎」ということで治療を受けている最中に、肝臓の検査結果が悪化し、内科に転科をしていました。伺った際にも、体は黄色くなっており(黄疸)、食事もほとんど食べられない状態でしたが、御本人はやはり体のあちこちの関節が痛い、ということの方が辛く、一番は左の肩が痛い、と訴えておられました。もっとも、言葉もほとんど出ず、と言っても、理解ができなかったり失語症であったり、というわけでもなく、やはり食事が進まなくて声を出す力、元気がない、という状態のようでした。したがって、手足も麻痺をしているわけではないですが、もうベッドから起き上がったり立ち上がったり、という力はない、あるいは、あちこち痛くてそんなことはできない、ずーっとしていない、ということだったようです。入院中は定期的に整形外科の医者が痛いところに注射をしていたようで、今後もそのことは続けることはできますよ、とお話しすると、安心したようでした。
 同居されていたのは、娘さん、息子さんの二人で、息子さんは御自宅に事務所を開いての仕事、娘さんは日中家にいて、主に娘さんが貞子さんのお世話をしていました。貞子さんには、病名としての肝硬変は伝えてありましたが、はっきりと「予後」がどう、とは告げられていないようでした。どうしても、この「予後」という問題は難しく、病院入院中の8月22日に伺った際にも、娘さんたちの同席のもと担当医に確認はしましたが、「そう長くはない」「月単位」という程度の言い方でした。これはもちろんやむを得ないのであって、いよいよ、というときには、「病気そのもの」で亡くなる、というよりも、病気の結果として「食べられない」「飲めない」ということがあり、その食べられなさ・飲めなさの程度によって死期が決まってくることが多い。ですから、貞子さん御本人も御自分の「予後」について知らなかったでしょうし、御家族も、「打つ手がない」ということはわかっても、そのとき、が、いつ頃来るのか、についての具体的なイメージは持てなかったことと思います。
 初回訪問の時点で、「ほとんど食べられてはいません」「水分は結構飲めています」という娘さんのお話しでしたが、その時点で私の方からお話しできたのは、「食事・水分が摂れなくなってくれば、段々に弱っていって、ますます食事・水分が摂れなくなります。水分が完全に、一滴も摂れないとすれば、誰であっても2-3日ももたないでしょうが、ほんの少しずつでも摂れていれば、2-3日ということはない、しかし、何日、ということはわかりません。」という程度のこと。しかし、肝硬変が進んできての結果で黄疸も出ており、既に段々に食事が摂れなくなってきている以上は、これから先は、食べたくても吐き気なども明らかになってきて、どんどん食べられなくなっていくことが予想されます、ということも申し上げました。
 いよいよ食べられなく、飲めなくなったらどうするか。私達は、特にターミナルケアの方の場合には、何度となくこうした問いかけをすることになります。娘さんは一所懸命に食事の工夫もされ、のど越しのよさそうなものを色々と試されているようで、入院でも散々辛い思いをしたので、もう覚悟はできているので、食べられなくなっても点滴をしたり、鼻から管を入れたり、といったことは希望しない、流動食を口から飲む、ということもしたくはない、と、はっきりとした意思表示をされました。8月24日の初回訪問の際には、退院直後で、御自宅に帰ってから今後の我々の対応の仕方、訪問の仕方と、上のような、御家族の意思の確認、といったことでほとんど全てでした。その次に、8月29日に伺った際には、貞子さんご自身も、御自宅に帰られて安定したのか、表情も和らいで、意思疎通もはっきりできるようになり、痛みの訴えもなくなってしまっており、「特に困ったことはない」とまでおっしゃっていました。正直なところ、退院・御自宅復帰までに至る本人や御家族の動きは非常にスムーズで、娘さんを中心に御家族の方の「希望」もはっきりしており、比較的滑らかに退院後の生活へ移行できていくように思われ、それ以降は一週間ごとの定期訪問の予定としました。
 しかし、その後の経過は急速でした。
 4日後の9月2日、吐き気を訴えている、との娘さんからの電話で往診依頼あり往診に伺いました。その前日昼にゼリーを食べたくらいで、夜になると気持ち悪いと言い出し、水を飲んでも吐いている、飲みたい気持ちはあるようなのだが・・・とのこと。ご本人は、黄疸がいっそう著明になってきており、呼びかけると目を少し開けるもののすぐに閉じてしまう状態でしたが、苦痛様の表情ではありませんでした。私どもからすると、予想しているとおりの症状ではあるのですが、やはり御家族にとっては、いくら覚悟はしていると言っても初めての経験で、どうしていいかわからなくなってしまう。あらためて、もう黄疸もどんどん進んでおり、終末期の状態なので、食べさせよう、飲ませよう、ということも、本人がきつければ無理にしなくてもいいんですよ、とお話しはしますが、でも娘さんとしても一日付き添っていて何もしないわけにもいかない。あくまで対症的に、「気持ちが悪い」という症状のために、ということで、吐き気止めの座薬と、夜も安定して眠れるように、ということで、安定剤の座薬とをお出しすることにしました。このときも点滴のお話をしましたが、娘さんとしては希望しない、ということでした。
 2日後、9月4日夕方、胸が苦しいと言っている、との娘さんからの電話で往診、診察上は、呼吸も安定しており、聴診上も異常なし、血中の酸素の量も足りており、急な異常は特に認めませんでしたが、栄養もいよいよ低下して、御本人の不安も増してきており、こうした状況で「胸の辺り」の不快感を訴えられることはしばしば経験するところでした。実は、直接病気とは関係ありませんでしたが、入院中に使っていた、ということで、退院に当たって御家族の強い希望で「在宅酸素」の器械が入っていましたので、そのときの状況で酸素が必要とは思えませんでしたが、酸素を使うことで、御本人も御家族も安心が得られるのであれば、少量使うことは構いませんよ、とお話ししました。
 翌9月5日も往診、尿量もいよいよ少なくなっており、御本人は、強く話しかけなければずーっとうとうとした状態でしたが、その朝は、吐き気止めの座薬を使って、少しだけ朝食を食べた、と娘さんは嬉しそうにおっしゃいました。
 9月6日、「昨夜は右肩が痛いといってあまり眠れなかった」との電話にて、朝一番で往診。そのときには熟睡しておられ、むしろ、つねってももうほとんど反応をしないような状態で、私の目からは、もういよいよ1‐2日か、というような印象でした。夜、暗くなってから痛みの訴えが強くなる、ということもよく経験されるところでした。暗い中で、孤独に自分の病気、自分の状態と向かい合うことは、こうした状況ではとても恐ろしいことで、そのことが痛みのみならず、様々な訴えとなって家族や周囲の人間に投げかけられます。これは、決してそうした「痛み」の訴えが嘘だ、と言っているのではありません。痛み、というものを客観的に数値などで測定することはできません。痛みはすこぶる主観的な経験で、物理的な、神経の刺激であるとか、痛みの発痛物質であるとか、といったものだけでは説明不能で、漠然とした言い方になりますが、精神的・心理的な要因というのが、少なくとも痛みを「増強」「増幅」させる、ということは十分にありうることだ、ということを言っているだけです。そのときの熟睡の様子から見ると、単純にいわゆる「痛み止め」を増量する、ということよりも、むしろ抗不安剤や睡眠剤の方が有効ではないか、と思われました。麻薬を含めた痛み止めも処方してはいましたが、あらためて、抗不安剤や吐き気止めの座薬について御説明し、どれを使ってよいか混乱するようでしたら遠慮なくまたその都度連絡をもらうようお話ししました。
 残念ながら、御家族も、「死」を受け入れるだけの準備が十分にできていたわけではなかったのです。退院直後の様子が、いかにも堂々とはっきりとしておられたので、私共も少々勘違いをしてしまった感はありました。しかし、かといって、「もう覚悟はできましたか、もうすぐ亡くなりますよ、もう何もしてあげられることはありませんよ」などとことあるごとにお話しするのもちょっと違う。御家族としては、確かに覚悟はしているのかもしれない、でも、経験が豊富なわけでもないし、覚悟はしていたってだからと言ってすぐに亡くなることを望んでいるわけでもない。今にも死ぬかもしれない、でもできれば少しでも後の方がいい、しかしいつまでも不安定なままでもいられない、早くはっきりしたい、という、アンビバレントな葛藤がいつもいつも続いている。表面的に覚悟ができているように見える、ということは、むしろ、この葛藤の触れ幅が大きく、動揺・不安定も大きいということなのかもしれません。そして、そうした御家族の不安定さは、御本人の不安と共鳴し合って、お互いに増幅してしまっていきます。
 本当は、貞子さんのような状況で夜間に痛みを訴えられたような場合には、御自宅にいれば尚更、御家族がそばにいて、小さな明かりを灯して、穏やかに体をさすってあげる、ということが、一番有効なのではないか、と思っています(状況によりますが)。何か具体的な薬を、というよりも、何か(何でもいい)の座薬を入れる、という行為、何かをしてあげる、という行為そのものの方が有効なのではないか、とも思います。しかし、御家族もともに不安に陥って抜け出せない場合には、こうしたことはかなり困難です。
 一日置いて、9月8日、午後になって、「水分も全然摂れなくなってしまい、唸っている。点滴をして欲しい。」旨、娘さんから電話を頂き、往診しました。最終的に娘さんは、何もして上げられない、ということに耐えられなくなってしまった。
 既に貞子さんは、呼吸状態も最終末期となっており、尿もほとんど出ていない。伺った際には唸ってはいず、穏やかな表情でした。
 私は、もう今から点滴をしたとしても、寿命としては1-2日あるいは数日先延ばしにすることはできるかもしれないが、おそらく御本人にとっては苦痛を増すばかりであろう、ということ、また、今から点滴の針を刺す、ということも、脱水が進んでいてかなり難しく、何度もあちこちに針を刺すことになるかもしれないこと、をお話しし、むしろ、ご本人の苦痛を取ってあげることを優先するのであれば、麻薬の座薬(既に処方はしていました)を、定期的に1日2回使う方がよいのでは、と勧めました。御家族としても、何かをしてあげたい、という気持ちが強く、さ程点滴に拘っているわけではなかったのかもしれません。納得されました。
 自分の、医者、という仕事を普通に考えれば、まさに「何とかしてあげる」仕事なのでしょう。私にしても、何もいつもいつも亡くなっていく方の看取りばかりをしているわけではなく、病気や怪我で具合が悪くなった方の診察をしたり薬を出したり傷の処置をしたり、といった、医者として当たり前に求められる仕事もしています。だから、こうした貞子さんのような看取りの局面であっても、正直に言えば、点滴を入れてしまいたい、という気持ちもあります。私だって、何かをして上げたい。薬を飲ませる、とか、座薬を入れる、とかということは御家族でもできるけれども、点滴をする、というのは医者や看護師でないとできないので、穿った言い方をすれば、医者や看護師にとって、「充実感」を得られる治療法に属します。患者さん側から見れば、これも穿った言い方ですが、せっかく医者・看護師を呼んでいるのだから、医者・看護師でなければできないことをして欲しい、という希望もある。さらにさらにえげつない言い方をすれば、点滴にしろ処方にしろ、何かをする方が医者にとって収入にもなります。こうした局面で点滴をすることは、少なくとも今の日本の医療の中では、全然おかしなことではない、医療従事者側も、御家族も、それによって安心が得られ、患者さんの寿命も少し延びるかもしれない。・・・いいことずくめのようです。
 しかし、私と同じような終末期の医療に関わっている医者・看護師の間では、やはりこうした状況では点滴などの治療を行わない方が「普通」なのです。皆、同様の仕事をしている者としては、点滴をしていい思い出がないのです。とは言え、あくまでもこれは個々のケースに応じてその都度判断することが必要なのであって、一概に「正解」を提示することはできません。
 結局、貞子さんには点滴をせずに、御自宅をあとにしました。車でクリニックに戻った直後、息が停まりました、と、娘さんから電話が入りました。

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