​在宅看取りの記録

Ⅲ 大変だった方

○○太郎さん、享年90歳「楽にしてやって」

 ○○太郎さんとは、僅かに7日のお付き合いとなりました。実際に私が御自宅に伺ったのは3回のみ、あまりにも急激な状態の変化についていけないどころか、もともとの状況の把握すら満足にできないままにお看取りになってしまいました。

 もともとは、1月下旬に、当時私の勤務していた医院の外来に来られたのが発端でした。その時には外来を担当している院長先生が診察をしたのですが、御本人は病院が嫌いで嫌いで、奥様がやっとのことで連れて来た、ということでした。要は、今回特に具合が悪くなった、というわけでもなく、段々歩くのも危なっかしくなってきたこともあって、介護保険の申し込みをしたい、ということの相談に来たのでしたが、院長が、介護保険申請のための書類を書くこともあり、血液検査・レントゲン・心電図等々を一通りやったところ、「それなりの」異常所見もあり、数種類のお薬を10日分処方した、ということでした。

 病院には来たくない、ということだし、相談に乗ってやってくれないか、という院長からの依頼で、1月25日に御自宅に伺いました。

 ・・・という訳で、初回伺う時点で、私には、「なぜ訪問をするのか」が分かっていませんでした。御自宅は、医院からごく近く、車なら3分、といった距離で、表通りから少しだけ入ったところで、ほんの数件のお宅のみで行き止まりになる、閑静な一角にありました。通されたフローリングの居間は十分に広く、手入れされた庭が一面のサッシの扉から見渡せる、余裕のあるお宅でした。

 御自宅には、御本人の太郎さん、奥様、娘さんがおられました。御家族としては、その他、娘さんの御主人、娘さん御夫婦のお子さんが同居されているとのことでした。まずは奥様と娘さんに、今回受診された経緯をあらためて伺いましたが、とにかくの希望は、「介護保険を申し込みたい」、特に奥様は、「入浴が一人ではできなくなってきたので、入浴の介助をするサービスを入れたい」ということが明確でした。その他、最近の「状態」を、御本人も交えて伺うと、確かに、両足のむくみが強くなってきた、とか、夜におかしなこと(誰かが俺を連れに来る、など)を口走るとか、といったことはあるけれど、そのことで受診をするつもりではなかった、と言うのです。

 医者の仕事、としては、もちろん、診断と治療、ということが主ではありますが、最近は、「未病を治す」、ということも大切な役割と言われます。未病、とは、もともと中国医学、漢方の言葉ですが、要は、まだ「病気」とまでは言えない、「病気」になっていない段階から、適切な生活様式を指導したり、あるいは投薬をしたりする、ということで、現代風に言えば、予防医学、ということになる。行政もお金を出して、積極的に健康診断を進め、本人も家族も気づかない内に病気を発見することを勧めています。これを広く解釈すれば、「病院は嫌いだ」「医者の顔などみたくもない」と言っている方であっても、介入することはやぶさかではない、ましてや、検査上もそれなりに異常を認めているのであれば、さて、・・・という訳で、御本人に了解を得て、型通りの診察をさせて頂いた上で、3日前に外来に来られた際に院長が行った血液検査等の結果を御説明しました。「貧血あり」「心臓は弱っている」「不整脈あり」「血糖値も高い」・・・と、様々な「異常値」についてお話ししましたが、どれも「決定的」というわけではない・・・90歳という年齢を考えると、まあ、異常は異常としても、これまで放置してきたものでもあり、大急ぎで手を打たなければならない、という種類のものではない、御本人も御家族も、少しも緊迫感をもっておられない。むくみはあったけれど、院長の出した薬は主に心臓関係の薬で、尿の出を良くする利尿剤も出ており、その効果か、この3日でほとんど目立たなくなった。1人で入浴は危なっかしくなっては来たが、家の中は1人で移動している。・・・とにかく、入浴のときに手を貸してくれる人が欲しい、というのが、本人とご家族の総意なのであって、医者は別に関与しなくても良い、のでした。そうは言っても、御本人を含め、検査の結果の説明には了解がいったようで、出された薬も飲んでいる、御本人も、「入院は絶対にしない、が、入院しろ、というのでなければ、外来に受診するなり、薬を飲むなり、はやってもいい」と、消極的受診を承諾されました。とりあえずその日は、薬も10日分処方されていてまだ残っていましたので、次回、薬がなくなる2月1日にあわせて訪問することとし、それまでに、当院の外来に通うこととするのか、色々な検査を含めて他の少し大きな病院に行くのか、それともやはり病院には行きたくないので訪問診療を希望するのか、あるいは、もう医療の関与は望まないのか、を考えて頂くこととしました。

 医者としての仕事、という点から言えば、いくら「未病を治す」のも仕事とは言え、希望されていないことを押し付けるのにも限度があります。もし外来診療をしていて、患者さんが勝手に来なくなるとか、ということであれば、通常はそれ以上こちらから「追いかける」ということはしない。余程危険な疾患であるとか、一定の関係ができているような場合には、気にかけていて電話で連絡をする、ということはあるとしても、例外的なことです。基本的には、自分の健康を守ろう、とか、病気を治そう、管理しようという気が患者さんの側になければ、治療行為としては成立しません。ところが、訪問診療の場合には、約束をしていればとりあえず家に伺うことにはなる。はっきり「来るな」と言われるのでなければ、大概の場合、「まあ来てくれるなら診察させてやってもいい」というレベルで了解されることだってあり、医療者としてのモチベーションを保つのが困難なこともあります。太郎さんの場合は、そもそも介護保険申請のための受診、という理由だったところからのスタートで、本人にも家族にも継続受診の意欲は薄く、さらに、外来受診することも可能な方でしたから、わざわざ訪問診療を行う理由も乏しい状態、と、私にとってはすこぶる難解な患者さんとなりました。

 ところが事態は急激に進展します。

 その次、2月1日に御自宅に伺った際には、太郎さんはベッド上ですっかり臥せっておられました。奥様の話では、4-5日前から歩けなくなってしまい、その日の朝は、覚悟をしたかのように、「みんなを呼んでくれ」などと言っている、とのことでした。何だかわからないが、急速に動けなくなり、状態が悪化している。しかし、熱が出たり咳をしたり吐いたり、というような明らかな症状はない。御家族としても、前回お話を聞いたように、これまでの延長線上として徐々に動けなくなってきた、というような理解をしていたようです。だから、この4-5日動けなくなった、と言っても、特に慌てることもなく、こちらに連絡を下さるわけでもなく、他の病院を受診するわけでもなく、ただ私が伺う日を何となく待っていた。

 奥様は、最初に伺ったときから、「老衰」という言い方を普通にしておられました。夫にはよくしてもらった。とてもいい人だった。もう90歳にもなるし、動けなくなってきたのも老衰かな、と思っている。とにかくお風呂は好きなので、お風呂に入れてあげる手伝いが欲しい。・・・御本人もそばにいてそんな言葉を聞いているのか聞こえていないのか、平然としている。御二人の夫婦仲が悪い、という風にはとても見えませんでした。もう、まるで死を覚悟している、癌の告知を受けたあとの、達観された御夫婦のように見えたのです。だからこそ、病院には行きたくない、という御本人の言葉も普通そのままに受け取れた。

 診察をしている際に、便臭に気づいたので、その前の日あたりから紙オムツを使っておられたとのことで、看護師と一緒にオムツをあけてみました。真っ赤な血便が大量に出ていました。検査するまでもない、明らかな血便。鮮血、というのではなく、便全体がどろりとして赤く、割合としてもかなり多量な出血と思われました。念のため、肛門に指を入れて確認しましたが、指の届く範囲で出血をしている様子はなく、もう少し上の方に原因があるものと思われましたが、それ以上はどうしようもありません。いずれにしろ、具合の悪い原因ははっきり、この、腸からの出血と思われました。

 ここから話はかなりデリケートなものになります。

 仮に、私達がある程度長い期間お話を繰り返してきて、関係も築けていた上のことであれば、あるいはまた、既に太郎さんが長期に渡って寝たきりであったり、コミュニケーションが取れない状態であったり、あっさりと「老衰」と言っても良いような状態であったりすれば、そのまま御自宅で「お看取り」をする、ということも選択肢として考えてよかったかもしれません。しかし、私や訪問看護師と太郎さん一家との「関係」は、まだ始まったばかり、ないも同然でした。その上で、こうした出血を偶然発見してしまった以上は、背景のことも何もわからないので、救急車を呼んで大きな病院に入院の上、検査・治療をお願いするのが、当たり前、と言えば当たり前の対応です。

 この時点で分かっていたのは、(他にも何か隠れたものがあったかもしれませんが)腸、それもおそらく大腸から出血が起こっている、ということだけ。なぜか、いつからか、ということは少しもわからない。ただ、投薬をした中には、心臓に関係する薬として、血液が固まりにくくなるような薬が入っていましたので、そのことが出血に関連している可能性はありました。いずれにしても、腸から出血をするような、「炎症」ないし「潰瘍」、「癌」がある、ということが考えられました。もし、ここ最近ずっと起こってきていた、徐々に動けなくなってきた、ということの原因までが同一のものである、と考えるのであれば、「大腸癌」である可能性が高い。以前からあった大腸癌が少しずつ進行してきて、今回処方の薬の悪影響もあり、ついに出血して止まらなくなってしまった、と。私達はどうしても悪い方から順番に考える習慣がついていますので、その現場では背景としてそんな可能性を考え、御家族に説明をしました。

 しかし、現実に今出血が起こっているのを何とかしようと思えば、血の出ている所を確認して、必要であれば直接止血をする、ということが必要です。そのためには肛門から管を入れて直接確認をする「大腸内視鏡」をするとか、場合によっては手術をすることが必要と思われ、もちろんそうしたことは病院に行かないとできない、それらの事情をお話しして、救急車を呼ぶことをお勧めしました。

 私のお話の仕方もまずかったのかもしれません。大腸癌、大腸内視鏡、といった可能性を考えると、奥様は、病院に連れて行って辛い検査などをさせたくはない、とおっしゃいました。もともと病院に行くのが大嫌いだった、今から病院に行かせたくはない、と。90歳という年齢、大腸癌の可能性、さらには、開腹手術まで必要になるかもしれない可能性、といったことを主として考えると、通常の在宅訪問診療の現場であれば、私も入院は勧めていなかったと思います。しかしこの時は、正直言って、何ともわからなかった。私の方から、大腸癌の可能性やら大腸内視鏡やらの話を過剰にしてしまったことが、奥様をびびらせることになってしまったのかもしれません。しかし、お話を続けるに従って、結局この御家族にはもう「覚悟」ができていたのだ、ということが段々に納得が行くようになって来ました。御本人は強く病院へ行くことを拒否していらっしゃったし、ここのところは「誰かが俺を連れに来る」と、「お迎え」が来たようなこともおっしゃっていたし、その日の朝には家族を呼び集めるようにも話していたし、・・・こうしたことが、奥様や娘さんにとっても、既に他でもない御本人が、自分の死期を悟っていたことのように思え、腑に落ちたのでしょう。結局、私も、それでいいのだろう、と了解をし、処方された薬を中止してもらって、食べたい物、飲みたい物を上げるよう、そして、このまま出血が止まらないとすると、今日明日にでもお看取りになる可能性が高いこと、をお話しし、状態が変化したり心配なことがあったり、やはり入院を希望するようなことがあればいつでも連絡を下さい、と言い残して、御自宅をあとにしました。

 その数時間後、夕方に、訪問看護師さんに状態を見に行ってもらいましたが、やはりオムツへの出血(血便)は続いているようだ、とのことでした。

 その晩10時半過ぎになって、呼吸が苦しそうで、血便も止まらない、と、御家族からSOSがありました。看護師と共に伺ってみると、既に呼吸が荒く苦しくなっていて、終末期の状態と思われました。目は閉じたままで、呼びかけても目を開けてはくれませんでしたが、「灯りがまぶしい」とか、「ありがとう、ありがとう」と言った言葉は聞かれました。御家族は娘さん御夫婦、孫さんらも皆揃っておられ、皆さんがベッドのそばで、太郎さんにかわるがわる声をかけて下さったり、水を飲ませたりして下さっている。オムツには相変わらず多量の出血が見られていて、おそらくはこのままでももう朝まではもたないだろうと思われました。

 奥様は、「息が苦しそうで、落ち着かない様子でかわいそうです。何とか楽にしてやって欲しい。もう皆挨拶もしましたので、十分です。」と私におっしゃいました。こんな場合、楽にしてやって、という言葉の意味するところは明らかです。私は、同じようないよいよ終末期、という状況で、御家族から例えば点滴をするように求められ、「今になってから点滴をしても、御本人は苦しいだけですよ、何もしないで、みんなで自然に看取ってあげた方がお楽ですよ」というように、医者の方から「楽になる」という言い回しをすることはそれまでもありました。しかし、こうして御家族から、はっきりとした意図を持って「楽にしてやって欲しい」と言われたことはありませんでした。それも、テレビドラマのような、胸にすがられて泣かれる、というようなシーンではなく、奥様は、動揺はしておられたでしょうが、同時に冷静さを保っておられました。周りの御家族も、何も異を唱える様子はありませんでした。「昨日の夜も苦しそうにしてほとんど眠っていなかったんです。もうずーっと、みんなに、『ありがとう、ありがとう』って言って、本人ももうわかっていると思いますから」と。

 少なくとも日本では、「安楽死」、ということはまだ認められていません。私は仕事柄、もちろんこの周辺の事情については一通りのことは頭に入っていました、いやむしろ、かなり詳しく動静を追っていると言っても良いでしょう。しかし、そうしたややこしい法律議論などを持ち出すような場面ではありませんでした。確かに太郎さんは既に呼吸がかなり荒く、苦悶様の表情で、痛み、はないような印象でしたが、身の置き所のないような、じっとしていられないような様子で、体を始終ゆすったり捻ったりしていました。終末期の医療で最も重要視されるのは、『苦痛を取ってあげる』ということです。もう打つ手がない、死を待つばかり、という状態になった際、せめて死の瞬間に苦しいことのないように、ということが、全てに優先される。もちろん、御本人や御家族の意向に沿って、という条件があってのことですが、この時の太郎さんの状態は、やはり「何とかしてあげなければ」という状態でした。

 夜間の往診で、手持ちの薬は限られていましたが、私は安定剤の注射を取り出して、御家族に説明しました。「これは、いわゆる安定剤のお注射です。けいれん発作を起こしている方を急いで眠らせたり、全身麻酔のときなどにも使うお薬ですが、少量ずつ使って安定させる効果があります。しかし、今のように、御本人が一生懸命病気と戦って、一生懸命たくさん呼吸をしているときに使うと、かえって、『楽になる』ことで呼吸をしなくなって危険な状態になることがあります。それは御覚悟下さい。」・・・・・・御家族は皆さん、了解されました。看護婦さんから注射器を受け取って、私自ら、太郎さんに筋肉注射を行いました。

 これは、保身のための言い訳でしかないのかもしれません。しかし、我々医者はそもそも「安楽死」のための薬など持っているわけではない。このとき使った薬は本当に安定剤でしたし、決して大量に使ったわけではありません。御家族への説明に、一つも嘘はありませんでした。しかし、私はそれを使えば呼吸が停まる可能性が高いことを十分認識していましたし、御家族も、はっきりとした言い方ではなかったものの、そのことを覚悟はされていたでしょう。もしこれを安楽死、と責める人がいたとしたら、私は断固「違う」と言い張るしかないと思います。「安楽死」と、終末期において「苦痛を取る」ということの間に、一般論としてきっちりとした線を引くことはおそらく不可能でしょう。

 太郎さんは、注射後数分すると、1分間に30回以上あった呼吸回数が、段々にゆっくりになり、12回程度の普通の回数になりました。それと共に表情が穏やかになり、眠りについたようでした。御家族はあまりに急な変化にびっくりし、「ああ、お薬ってすごいんですねえ、楽そうになったねえ、良かったねえ」と、喜ばれました。それは、本当に嬉しそうでしたし、太郎さんの寝顔も、本当に安らかそうになったのでした。

 段々に、段々に、呼吸が間遠になり、15分も経った頃には、呼吸回数が1分間に5-6回まで少なくなりました。この時点で、「このままお亡くなりになると思います」、とお話ししましたが、お孫さんまで含め、御家族の皆さんももう承知されていたようでした。

 さらに15分程経って、23時25分、呼吸が完全に停まりました。

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