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​在宅看取りの記録

Ⅴ 入院を選んだ方

 ここでは、私が患者さんの御自宅で看取った方を中心に書いていますが、実際には訪問診療をしていて、皆さんが御自宅で亡くなるわけではありません。何らかの病気で具合が悪くなって、入院をお願いすることはよくあることで、その結果そのまま入院先でお亡くなりになる方もいくらもおられます。また、今まで書いてきたように、老衰であったり癌の末期であったりして、我々の立場からすれば、病院に行っても家にいても、(医療的に)できることはそう変りはない、という状況であっても、御家族として入院を希望されて、入院先でお亡くなりになる、ということもあります。私のこれまでの訪問診療の集計をしてみますと、在宅で亡くなった方と入院先で亡くなった方が、大体2対1の割合でした。ですから、別に私はどんな状況でも皆さんが家で亡くなるように、と言っているわけではないのです。
 この章では、入院してお亡くなりになった方のことを書かせて頂きました。入院した方の例が少ない理由は、他でもない、亡くなった時の事情が私の方ではわからないから、というだけです。中には、入院をお願いして半年も経ってからお亡くなりになる方もおられるので、その間の経過は私の方では全くわかりません。ですから、ここで挙げさせて頂いた方は、入院後比較的短時間でお亡くなりになり、その事情がある程度わかっている方、ということなのです。
 今読み返してみると、この章のケースについて、私は幾分ネガティブな書き方をしてしまっているかと思います。すなわち、入院しない方が良かったかな、という風に。しかし、誤解して頂きたくないのは、決して私は入院がいけない、といっているわけではない、ということです。私自身病院に勤務しておりましたし、病院でなければできないことがたくさんあることも承知しています。何せ、訪問診療は不安でいっぱいです。自分や看護師が常に付き添っているわけではない、急な状況の変化には対応ができない、我々が不安なのですからましてや御家族の不安は如何ばかりで、入院をしたい、という気持ちになるのはもっともだと思います。在宅で、御自宅で亡くなる、というのは、少なくとも今の日本の医療状況の中ではまだまだ少数派で、様々な条件が整わないと果たせないことなのです。全てはケースバイケースで、入院の方が良かった、ということもあれば、在宅の方が良かった、ということもある。ただ私の立場で実例を挙げようとすると、入院して良かった、というケースは、私が直接看取ってない以上は私の手元にはない、というだけです。
 私がこうした文章を書いている目的は、まだまだ少数派である御自宅での看取りが、こんな状況であっても可能なんだ、ということを少しでも知ってもらうことにありますので、どうしても、入院に対して否定的な、若干偏った書き方をしてしまうところがあるかと思いますが、そのことは差し引いてお考え頂きたいと思います。繰り返しますが、最終的に入院を選択する、ということは、決して間違ったことでも何でもない、あくまで、最優先されるべきは当人、そして御家族の満足、幸福、なのであって、我々は、そのための選択肢を少しでも多く提示できれば、と思っているだけです。

 逆のケースを一つ。やはり「在宅での看取り」ということになってしまいますが、私が病院に勤務しているときにこんな方がおられました。
 脳卒中後、麻痺と失語が残り、御自宅での介護は困難、ということもあり、療養病棟に長期間入院しておられた方ですが、老衰が進み、いよいよもう数日だろう、という状態になってきました。御家族をお呼びして、そうした状況をお話ししたところ、息子さんを中心に、「それなら、最後に家に連れて行ってやることはできないか、結局一度も家には戻れなかった、せめて最後に家が見たかろうと思う」とおっしゃる。御自宅は、病院から車で30分近くはかかる場所で、正直なところ、車に乗っていく間もどうなるかわからない状況でしたが、御家族がそれを了解しているのであれば、最期を家で迎えたい、という御希望自体は止めるものでもない。御本人は、失語ではありましたが、そのときもまだ辛うじて意識はあり、確実、とは言えないまでも、「家に帰るかい?」と問いかけるとうなづきを見せる。
 話が決まると、家族はそれぞれに、車の手配やら家の方の準備やらに散って、その日の夕方には家に帰ることになりました。5時頃でしたか、患者さんの乗った車を見送りましたが、無事家に着いたかどうか連絡をもらうことにしていたので、病棟で待っていると、電話が入りました。家に着いて、ほんの3‐4分で、息を引き取った、と。それから慌てて私の方で御自宅に出向いて、死亡確認をしました。川沿いの集落全体が親戚のような、古い土地柄の大家族の爺ちゃん、に戻っていました。
 実は、同じように最期に家に帰してあげたケースは何人かおられます。不思議なことに、ほとんどの方が、家に帰ってほんのしばらくして、ふーっと息を引き取られる。車に揺られている間に亡くなる方は見たことがありません。皆、家に帰りたい、という思いが寿命を保たせているのかもしれません。
 病院の医者の方で、飛んでいって看取りをする、というつもりがあれば、こんな選択肢もある。古い土地柄ならではなのかもしれませんが、最期は家で看取ってやりたい、という方も結構おられるのではないでしょうか。
 

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