​在宅看取りの記録

Ⅵ 私

 もうくたびれた、もういいよ、ようこ、じゅん、ありがとう。
 まえからことあるごとにいってたでしょ、いよいよになったらくちをあけないから、むりにたべさせないでくれ、って。もうせいいっぱい生きて、ここまでだ、っておもったらしずかにねむらせてくれ、って。
 もうてもあしもうごかない、がんばれ、っていわれても、もうじゅうぶんがんばってきたんだよ。よわきになってるわけじゃあないよ、もういいんだよ。まんぞくなんだ。
 おまえたちだってちゃんとそれぞれいいごえんにめぐまれていえをでて、まごのかおも、ひまごのかおもみせてもらったし。じゅんばんなんだよ、もういいんだよ。

 びょういんはいきたくない、っていってたろ、どうしてつれてきちゃったの?てんてきなんてぬいてよ。てがはれていたいよ。
 しゃべってるつもりなんだけどな。もうこえになってないのかなあ。きこえないのかい、ようこ、じゅん。
 じぶんのことはじぶんでよくわかってるんだよ。たくさんひとがしぬのをみてきたんだから。おいしいものたべておいしいおさけをのむのがなによりたのしみだったのに、もうずーっとおさけもおいしくなくてやめちゃったし、ごはんだってたべたくなくなってきてたんだ。じきがきたんだよ、それだけだ。
 どこもびょうきなんてないんだよ、たくさんがんばって生きてきて、もうひといきつきたくなったんだよ。おいしゃさんだって、どこもわるくないっていってるだろ、だからてんてきなんてぬいてちょうだいよ。
 うちへかえりたいなあ、ここにいたってまっしろのてんじょうみてるだけなんだよ、うちへかえって、すきだったレコードをききたいなあ。たくさんつんどくになってるほんものこってる、もうよめないかもしれないけど、せめてまくらもとにほんだながあればそれだけでもいいのになあ。
 おみずをすこしくれるかな、・・・・・・ああ、ありがとう、ようこ、わかってくれたんだね。・・・ああ、もうたくさん、すこしでいいんだ、すこしだけ。そんなにのめないよ、くちをしめらすくらいでいいんだ。もうそんなにのめないったら・・・・・・

 てんてきのところ、はれてるでしょ。ああ、かんごふさんがぬいてくれるのか。ありがとう・・・・・・
 えっ、はなからくだをいれる?そのほうがえいようがしっかりはいるから、って?
 やめてくれ!それはいやだ、って、まえからいってたじゃないか。なんどもなんどもはなしていたろ、くちをあけなくなったらもうそこまでにしてくれ、って、ようこ、じゅん、おまえたちおぼえてないのか?
 もうこんなにしわしわなんだよ、いまからえいようたっぷりもなにも、もういいんだよ、たのむからやめておくれよ!きこえないのか、ようこ、じゅん。いたい、いたい、はながいたいよ・・・・・・

 どうしてこんなことになっちゃったのかなあ、こどもたちにはちゃんとなんかいもつたえておいたつもりだったのに。・・・生きていてほしい、っていうきもちはありがたいけど、でももうくたびれたんだけどなあ。やっぱりまだわかければ、こんなきもちはいくらみうちだってわかってくれないのかなあ。
 ても、ベッドのさくにしばられちゃった。かんごふさん、ごめんなさい。そんなことしなくても、もうくだをぬいたりしないから、おねがいだからひもをとってください。はなのあたまがかゆいんです、かきたいんです・・・・・・
 かんじゃさんにたくさんもうしわけないことをしてきたばちがあたったのかなあ。いっしょうけんめいやってきたつもりだったけど、でも、みんなまんぞくしてくれたわけじゃあなかっただろうしなあ。こうかいすることもたくさんあるし。やっぱりさいごまでじぶんのおもいどおりに、なんて、むちゃなちゅうもんなのかなあ。
 ああ、えいようが、りゅうどうしょくがくだをとおっていくなあ、はいっていくなあ。はらのなかにじんわりしみていく。うまくもなんともない。あまったるいにおいがのどのほうにあがってくる。ああ、これでまだ死ねないんだなあ。

 いったいどうしたらいいんだろうなあ。こうなってしまったら、いまからはなのくだをぬく、っていうわけにもいかないんだろうなあ。したをかんで死ぬ、なんていってもそんなちからはないしなあ。だいたい、したをかんでもしねない、って、むかしよんだきがする。きっとだらだらちがでてもしねなくて、よけいくるしいおもいをするんだろうなあ。
 生きる、ってせつないなあ。でも、いいこともたくさんあったしなあ。でも、わるいこともたくさんあったよな。こんなものなのかなあ。
 じぶんだけのじんせい、っていうわけにもいかないんだよねえ。しょたいをもって、こどももできまごもでき、じぶんだけおもいどおりに、ってわけにもきっといかないんだよねえ。

 ようこ、またきてくれたの、ありがとう。じゅんもいっしょに。
 ようこ、おまえがちいさいころは、なにをするのもおとうさんおとうさん、って、おとうさんがかえってくるとすぐひざのうえ、ねるときもおとうさんにしがみついて・・・。じゅんはじゅんでなにをするのもおかあさんおかあさんって、どこへいくのもなきながらあとをついてきて。かわいかった、ふたりとも。いまもぜんぜんかわらない。もう40さい?とっくにすぎたんだっけ?でもちっともかわらない、ふたりともとってもかわいいよ。
 そんなになかないんだよ、・・・ああ、ありがとう、はなのあたまかいてくれるのか。さすがはむすめだねえ、わかってくれたんだねえ。もうくるしいことないよ、なんにもない、だからそんなになかないんだよ。
 じぶんのじんせい、っていってみても、このこらのじんせいでもあるんだろうなあ。
 おまえたちにできるんだったら、はなのくだもぬいて、いえにつれていってほしいけどなあ。でも、できないんだったらもういいよ。このままでいい、おまえたちのいいようにしておくれ。しずかにしてるから。
 もうすこし生きろ、っていうならそれもいい。でももうなにもできないよ。いきをしてるだけ。がんばれないからね。まいにちおまえたちがきてくれるなら、このままそーっと生きているよ。おまえたちが、もういいよ、っていってくれたら、そのときはいきをするのもやめてみるよ。やめられるかな。どうかな・・・・・・
 

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