「巡回診療」の経過報告
- 皆川夏樹
- 7月2日
- 読了時間: 5分
2026年7月1日 記
登別市内のあちこちの町内会館・集会所を回って、「巡回診療」ということを始めて、2026年の5月からですので、ちょうど2か月が経過しました。今のところ、3か所の町内会館に、それぞれ、第1水曜、第2水曜、第3水曜、の午後に回って第4(・第5)水曜はお休みとしています。
経過報告、ということで言えば、一言、患者さんはほとんど来ません。
町内会長さんが骨折って下さってある程度地域の方を集めて「説明会」を開いた町内会が一ヶ所あって、そこでは、6月に3-4人の方の診療をしました。ほかの二ヶ所では、まだ一人も患者さんは来られません。春から夏、まだ風も涼しく、だだっ広い町内会館の窓や入口も開けて風を通して、のんびりパソコンに向かって文章を書いたりしています。この原稿も、巡回診療のさなかに書いています。
赤字ですなあ。
負け惜しみではないですが、まあ、こんなものでしょう。
そもそも、医院を開業するとき、というのは、もちろん患者さんがゼロのところから始めるわけですので、普通に考えればしばらくの間は患者さんが来ることはないのです。まあ、宣伝を派手にやるとか、あらかじめ旧知の患者さんを「予約」した状態で開業するとか、とすれば別ですが。
しかし、患者さんがいない、というのは、平和なことです。具合の悪い方がいない、ということですから。・・・やっぱり負け惜しみに聞こえますかね。
若い時、研修医の頃に、こんなことがありました。よく思い返すのですが。
長野県の、佐久病院、という大きな病院でしたが、「経営会議」のようなことが、医者も全員参加して、毎月1回行われていました。医者になったばかりの私も参加していたのですが、事務方から、毎月の「入院患者数」、とか、「外来患者数」とか、そして、「収入」「支出」のような報告がされます。どうやらここ最近は十分な収入が得られなかったようで、事務方の方からは、「先生方にはもう少し頑張っていただいて、・・・患者さんを増やすように、・・・・」といった発言があった。
それを聞いた(先輩の)医者たちは、何人も大声をあげて、
「なんだなんだ、患者を増やせってか!」
「病人を増やせってか!」
とかなりお怒りの様子。
「暇でいいんだよ、病院は。」
「いっそ病院の前の信号機を壊すでもしたらどうだ!交通事故が増えて、救急外来も儲かるだろうよ!」
とまで言い出す始末。

ああ、いい病院に来たなあ、と思った次第です。
私は当時、若い研修医でしたから、単純に、自分の経験を増やすために、たくさん診療をしたい、患者さんが多いほうがいい、と思っていたのでした。が、なるほど大きな目で見れば、患者さん、病人は少ないほうがいい、ひとはなるべく病院になど来ないほうがいい、少なくとも医者はそう望むべきなのだ、ということを教わったのでした。
それからはや、30年もの月日が流れました。私は佐久病院を離れて、あちこちの病院を転々として、とうとう自分で開業をしてしまった。で、この「経営会議」のことをよく思い出してしまうわけです。
「商売」、として考えた場合、医者、医業、というのは、いかに矛盾に満ちた商売であることか。
商売、というのは、まあ、「お客さんのために」とかいろいろ言い分はあるでしょうが、儲けを多くすることを目指すわけでしょう。それを病院・医院、に当てはめれば、たくさん患者さんに来てもらわないといけない、ということになる。もちろん、普通の商売であれば、「客単価を上げる」など、ほかの方向性を考えることもできるでしょうが、医者の場合には、診療報酬は国で決められていてそうもいかない。
でもそもそも医者は、「客」が少ないことを望むべき業種なのです。
赤字ですよねえ。
もうちょっと付け加えると、大きな病院などに勤務している「勤務医」は、通常は、例えば外来患者さんの数に応じて給料が変わったりすることはない、ある程度「固定給」ですので、自分の仕事としては「暇」であってもいい(暇になった方がいい)、と思うことができるかもしれません。でも開業してしまうとねえ。自分の仕事量と収入は直結しているので、やっぱり患者さんが多いほうがいいな、となってしまう。
なんとか、この陥穽におちないように、少ない患者さんを喜びながら、日々過ごしていこうと思います。
皆さん、健康で。
先日、苫小牧まで、「幕末ヒポクラテスたち」という映画を見に行きました。
それこそ、私が若いころ(高校生ごろ?)、大森一樹監督、古尾谷正人主演、確か、伊藤蘭も出ていたと思う、「ヒポクラテスたち」という映画があったのです。あえてネットなどで情報を確認せずに、覚えている限りで書きますが(間違いがあったらごめんなさい)、大森一樹監督は、京都府立医科大卒業の、医師免許を持った映画監督だったんだと思います、その彼が、自分の医学生の頃のことを背景に撮った映画だった。・・・そのタイトルに懐かしさを感じて見に行ったのですが、案の定、大森一樹さんが制作に関わっていて、「京都府立医大150周年記念」とも銘打たれていました。舞台は幕末の京都洛南、それまで漢方医学が主流だった日本に、蘭方医(西洋医学を学んだ医者)が出現してきて、微妙な関係だった時代のお話。主役に当たるのは、蘭方医を演じる佐々木蔵之介さんでした。
内容はまあ、深入りすることは避けますが、150年前の医者の生活を垣間見れて興味深く、単純に楽しかった。蘭方医、とは言っても、CTやレントゲンがあるわけでもなし、日々の生活は漢方医と変わりはなく、おそらく、午前中は患者さんが来れば診察をし、午後は依頼があれば往診に駆け回る。なければ家族と畑仕事をしたり。基本的には、もちろん、車や電車があるわけでもなく、徒歩で行ける範囲、近隣の村内の往診は、娘に診療道具を持たせて一緒に回り、あるいは、街中の裕福な商家などから依頼があった際には駕籠が用意されて、午後をつぶして往診をする、といった風。薬も手持ちのものを組み合わせて、往診先で小さな薬包紙に包んで渡す。
30年前ごろ、山の診療所に応援で行ったとき、この、薬の包み方を看護師さんに教えてもらったっけ。あの頃はまだ、医者の技術の一つだった。
150年前、30年前、現在。医療は確かに、つながっている。だけど、ああ、だいぶ遠くにはなってしまったなあ。
でも、医者は暇な方が、平和です。
今日も患者さんは来ませんでした。たくさん原稿が書けました。
第1水曜日 新生虹の家(新生町)
第2水曜日 幌別東集会所(幌別町)
第3水曜日 すずらんの家(幸町)
いずれも、13:00~16:00頃まで、巡回診療を行っています。誰も来なければ15時ごろには終わってます。
暇にしてますので、お喋りがてら、ご相談にいらしてください。



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